書籍「レジリエンスの心理学」を読みました。本書の内容から受けた示唆を元に、人間の心理をデータサイエンスの観点から考察を試みました。

レジリエンスの心理学
金子書房
2022-10-14





1章:レジリエンスとは何か

まず、本書のテーマであるレジリエンスを概観していきます。

1-1 書籍「レジリエンスの心理学」について

書籍「レジリエンスの心理学」は、困難やストレスの状況に直面した際、人々がどのようにして回復し、成長するかを深く探究しています。
最新研究から見たレジリエンスを理解するための理論的枠組みや実践的アプローチを紹介し、人間がどのようにしてストレスや困難に対処すべきかに焦点を当てている印象です。

第一線の複数の研究者が執筆しているため、世の通俗的な心理学の本と比べ、内容に信頼を置くことができます。

1-2 レジリエンスの定義

レジリエンスとは、「困難・脅威に対して有効な対処ができること、またダメージから回復する能力」と定義され、誰もが獲得し身に付けられる能力とされています。
一方、外部環境に対して、不適切で無効な行動・反応しかできない状況は、レジリエンスが低い状態です。感情が不安定となり、無力感、自己否定感に落ちてしまいます。

レジリエンスは、風が吹きつける木に良く例えられるようです。レジリエンスが高い人は、強い風に吹かれても折れないで曲がる木のように、困難に直面しても、しなやかにその状況を乗り越えることができます。逆境下にあっても、大きく崩れずに精神を保つ力と言えそうです。

1-3 集団活動を通したレジリエンス・プログラム

興味深い内容として、最新研究では、レジリエンスを高める要因として、個人活動だけではなく、集団活動を通したプログラムが研究されているところです。

レジリエンスの獲得において重要な「気づき」や「自己理解」は、個人活動だけでなく、集団活動を通して獲得される可能性が高いことが言及されています。

レジリエンスを高めていくプロセスを、個人の潜在的な資質を「発掘」「増幅」の軸と、「個人」「他者」の二軸で示すことができ、両方を導入することが有用であると考えられているそうです。
レジリエンス

引用:個人と集団活動を通したレジリエンス・プログラムの効果検討(上野、平野)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/hssanj/4/0/4_17/_pdf

2章:心の特徴

本書を読んで、2点ほど、心の特徴について示唆を得ました。

2-1 心のダメージは修復が難しい

心のダメージは、物理的な傷とは異なり、その修復が一層複雑であることが「レジリエンスの心理学」で強調されています。
精神疾患は一度発症すると再発を繰り返す場合が多く、不可逆的な機能不全を伴う病理もあります。回復するためには、「自らの信念を再構築し、人生の物語に統合的に組み込む」ことが必要なようです。

私としては、「自分の過去の経験に対して、新しい意味を付与する」という感覚で理解しました。過去の事実は変えられませんが、その意味付けは後天的に付与できるということです。

後述しますが、心というものは、「過去経験を、行動と感情のペアで蓄積された情報」と定義できると感じました。

2-2 モノの見方は経験によって変わる

本書では、個人の経験がモノの見方や解釈に影響を与えると指摘されています。特にネガティブな体験は、人間の心を不可逆的に変化させてしまいます。
当たり前のことですが、これまで生きてきた経験は、自分自身の価値観やモノの見方に強く影響を与えているはずです。

であるならば、「経験の集積が自分自身のアイデンティティ」と言えるのではないでしょうか。人間は自分自身を自分と理解できますが、その自分自身と認識している対象こそ、過去の経験の集積なのではと感じました。

3章:心のモデリング

2章の内容を受けて、データサイエンスの考え方を元に、新たな心の理論モデルの仮説を検討しました。

3-1 心を「行動、感情」のペアで蓄積された情報と定義する

心を単なる感情や思考の集合ではなく、「過去経験を、行動と感情のペアで蓄積された情報」として定義します。

この定義が妥当と考える理由は、人間の心理的な経験が単に内面的な感情にとどまらず、それらが具体的な行動と結びついているからです。つまり、私たちが感じることと行うことは、互いに影響を及ぼし合い、この相互作用が心の本質的な部分を形成していると考えます。

具体的には、以下のような表で心を定義します。この情報テーブルを、「心理DB」と呼びます。心理DBには、自分が記憶している情報に加え、記憶にない無意識下にある情報や、DNAに刻まれている情報も含まれています。
心理DB

3-2 環境と類似した行動が呼び出され、反射的に感情が出力する

自然言語処理における質疑応答システムは、質問文と類似した回答を検索して出力します。

人間も同じように、目の前に何か事象が起きると、過去経験の集積である心理DBから最も類似した行動が検索され、その行動に紐づいた感情が出力されると定義します。

この定義の妥当性は、人間の行動と感情が環境や状況に大きく影響されるという心理学的な見解に基づいています。特定の環境や状況が、過去の経験に基づいて特定の行動パターンを引き起こし、それに伴って感情が出力されるというこの仮説は、条件反射や学習された行動パターンの心理学的な概念と一致しています。

ここで重要なことは、人間は過去の類似行動に付与された感情の中で、思考しているということです。例えば、心理DBの情報に怒りの感情が多いと、その人は怒りっぽい人になります。

先ほど、「経験の集積が自分自身のアイデンティティ」と書きましたが、結局心理DBにどのような感情が蓄積されているかで、その人の性格は決まってきてしまいます。

本理論モデルを、図でまとめると以下になります。
心の理論

4章:心の理論モデルをデータサイエンス観点で検証する方法

今回提示した理論モデルについて、データサイエンスを用いて、検証する方法を検討しました。

人間の心理状態は直接観察できないため、検証が非常に難しいです。実施方針としては、何らかの形で行動データと感情データを収集し、間接的に検証するアプローチになるでしょう。

4-1 SNSデータの検証

SNSのテキストデータを用いて、心の理論モデルを検証する方法が考えられます。具体的には、Twitterのテキストデータと、テキストデータの感情認識結果のペアを分析することで、人々の感情や行動がどのように表現され、その背後にある心理的な要因を考察する方法です。

ツイートの内容を自然言語処理技術を用いて解析し、その中に現れる感情を特定します。例えば、喜び、悲しみ、怒り、驚きなどの感情がツイートから読み取れる場合、それらの感情がどのような状況や出来事に関連して表現されているかを分析していきます。さらに、行動と感情が時間と共にどのように変化するか追跡し、その変化が特定の出来事や経験にどのように関連しているかを調べていく方向性です。

しかし、行動と感情が共にTwitterのテキスト情報から分析しているため、妥当しえのある分析ができるかはかなり疑問です。感情データを、自然言語処理の推論ではなくアンケートデータで行う方向性もありますが、Twitterの行動データと紐づけるレベルのアンケートデータを収集することは現実的ではないと思われます。

4-2 GPSデータ+ウェアラブルデバイスの生理学的データの検証

もう一つのパターンは、GPSデータとウェアラブルデバイスのデータを組み合わせることで、個人の行動パターンと感情状態の間の関連を検証します。GPSデータは個人の位置情報と移動パターンを提供し、ウェアラブルデバイスのデータはその人の感情状態を捉えます。

このアプローチでは、例えば、特定の場所(公園、オフィス、自宅など)を訪れる頻度や時間帯が、個人の感情状態にどのように影響しているかを分析します。ウェアラブルデバイスデータを通じて収集された情報(ストレスレベル、心拍数など)とGPSデータを組み合わせることで、外部環境が人々の感情や行動にどのような影響を与えているかを理解できます。

今後の課題

今回提案した理論モデルでは、心理DBの検索を、単純な類似度計算としましたが、実際はインパクトのある体験や、遺伝的な要素は優先的に選ばれると考えられます。

また、精神疾患を克服する上で、著作でも言及があった、「自らの信念を再構築し、人生の物語に統合的に組み込む」を、具体的にどう実践していくかは今後の課題です。

なお、心理DBの仮説に妥当性がある場合、うつ病などの精神疾患の回復アプローチとして、「新しい行動をすることで、新鮮な感情データを蓄積する」という方向性が考えられます。心理DBに新しいデータを蓄積し、新しい感情が検索されることで、心の安定が図られると考えられます。

今回の仮説が、心のダイナミズムを理解する上で、何らかの参考となれば幸いです。