RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になるという本を読みました。

RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる
デイビッド・エプスタイン
日経BP
2020-03-26


RANGEとは日本語で言うと「幅」です。著者は変化の激しい現代では、経験の幅が重要であると説いています。専門性がないと不安になったり、コンプレックスを抱きやすいものですが、ゼネラリストの希望になるような本です。

経験の幅が重要な理由は、2つあると主張しています。
①複数領域の経験を積むことで、自分に合った領域を見定めることができるから。
②過去の経験を他の分野に適合することで、これまでの延長線上にない問題解決ができるから。

本書は、さまざまな分野の事例や研究結果を根拠としているため、とても説得力があります。
ゆっくり専門を決めた人は、より自分のスキルや性質に合った仕事を見つけられるので、じきに遅れを取り戻すことを示してくれています。

また、知識の幅を武器にするためには、アナロジーが重要と論じています。本書では「構造上の共通性を認識し、1つの専門分野の知識を他の専門分野でも活かすこと」と表現されています。

これって転移学習という考え方と非常に近いと感じました。

アナロジーと転移学習は似ている

転移学習とは、機械学習におけるひとつの手法です。
ある領域で学習したこと(学習済みモデル)を、別の領域の学習に適用させる技術になります。

1回学習したモデルを、他の領域で使えるので、非常に便利ですし、なかなかエコな手法なのですが、転移学習はある前提の上に成り立っています。

それは、「複数タスクに何らかの共通項が存在する」ということです。似ていれば似ているほど転移学習はうまくいきやすいです。逆に言うと、共有項をとらえることができなければ、転移学習しても良い結果は出ません。

そして転移学習の手法は様々あるのですが、基本的に共通項を仮定するのは人間です。人間が仮定した共通項を元に、知識転移する手法を立案して、実際のデータで検証する流れになります。この共通項を明示的に仮定するというのはかなり難しく、現在でも議論がある部分のようです。

言いたいことは、この転移学習する際の、「共通項を仮定し、知識転移する戦略を立案する思考」こそ、本書の主張するアナロジーと思うのです。ある種のパターン認識ともいえます。

アナロジーは開いた系のパターン認識

機械学習で言うところのパターン認識は、画像データや音声データから、一定の規則性のパターンを識別して取り出す処理のことです。「画像認識」や「音声認識」ですね。機械学習のパターン認識は、データを元に、数学的に規則性を見つけて分類器を作っていきます。

本書のアナロジー思考は、数学的なパターン認識というより、広義のパターン認識というか、もっと直感的で曖昧です。なぜなら、人間の経験モデルから、共通項を発見しているからです。

人間の経験モデルのパターン認識は、2種類あるように思います。
一つは、自分の経験に閉じたパターン認識です。自分の経験の中で、物事を判断しているため、思考は閉じた形になります。自分の経験の中ですべてを考える、経験主義に陥ることになります。ある特定の問題解決にしか使えない機械学習そっくりです。

もう一つは、自分の経験の適合先を広く探すパターン認識です。広い空間の中に自己を置き、自分を活かす術を考えていく思考です。
この思考状態の時に、アナロジーが使えるんだと思います。なぜなら、一見似ていないところに、何らかの共通性を見つけるには、意思がなければ始まりません。

本書では、「一つの問題や領域の概念的な知識を、全く別の問題や領域に適用できるような人が、大きな見返りを手にするようになるだろう」と言われていますが、分野の垣根を壊す作用を持つDXの文脈と一致しています。

ではどうすれば、開いた系のパターン認識ができるのか。おそらく身に付けるためには、マーケット感覚を持つことと思いました。
マーケットという全体像の中で、どうすれば自分を最も高く売れるのか、という問いは、アナロジー思考を鍛える一つの解決策に思います。

アナロジー思考を最も活用しているのはDXコンサルタント

情報産業の職種の中で、最もアナロジー思考を活用しているのは、DXコンサルタントでしょう。様々なクライアント企業の経営課題を、過去の事例を参考に解決しているわけですから、アナロジー思考そのものです。

抽象的な思考が苦にならない方は、コンサルタントを数年経験し、アナロジー思考を鍛える道はありだと思います。

人工知能ブームが、思った以上に長く続いているのは、もちろん技術的な進化によるところも大きいですが、現場のDXコンサルタントやデータサイエンティストが、アナロジー思考を駆使して、企業のAI導入を実現させてきたことが大きいと感じます。

そして近年のDXブームは、AI以外にもアナロジー思考を発揮して、これまでの延長線上にないイノベーションを起こしてほしいという、経営側の要望が大きいと感じます。

そのため、主役は専門家である機械学習エンジニアから、横断的な知識の幅を持つコンサルタントに変わりつつあるのでしょう。
不確実性の高い現在、DXコンサル全盛の時代は、まだまだ続くように思います。