会社はもはや宗教です。信じる者は救われます(ただし、経済成長が右肩上がりの時期限定)。


毎日会社行って仕事して給料をもらって休日休んでまた会社行く。
大半の市民がこういう生活を送っている。



でもみんながこう言う生活しているから、日々会社に行くことに疑問を持たないと言うところもあると思う。
つまり、周りの影響と日々の習慣から毎日会社に行くということが成立しているように思う。

気がつくと、人生の中で会社が重要な位置づけになる。

会社は時間の一部を投資すると言う意味で、人生の1機能であるけれど、収入を得ると言う意味では、ミドルウェアのような基盤の位置づけも司る。その収入で、家族を養いプライベートを充実させている。
また、会社の地位や仕事の中に、プライドや生きがいを持てば、OSのような人生基盤の位置づけになる。


このように、全て会社と言う基盤の上に構築してしまうと、会社を首になることが、死という選択肢が現実的な回答になってしまう。
そして、会社生活が長ければ長いほど、人生のリソースをつぎ込む必要性に迫られる。
だんだんプライベートが薄くなってく感覚に襲われる。

仕事が人生そのものになってしまうことは、問題ではないと思う。
仕事は消費ではなく生産側と言う意味で、極めて価値的な行動であるからだ。
しかし、会社=人生になることは非常にまずい。
リストラ=自殺の方程式が成り立ってしまうからだ。
もちろん、プライベートも重要だが、ここでは、仕事か会社のどちらに重きを置くかで考えてみたい。


上記の2つの差異は、会社に対してリソースを投入した結果、物質的であれ精神的なものであれ、その対価を会社の上に構築するか、自分の中に構築するかの違いだと思う。

例えば、プライドや生きがいを持つのも、会社の地位や名前に持つのは、会社=人生の生き方、一方、自分の仕事やスキルにプライドを持つのは、仕事=人生の生き方になる。

また、収入は大きく変わらないが、会社のポジションで800万貰う人と、自分の仕事で800万貰うのは異なる。前者は会社が首になるとおしまいだが、後者の収入は再現性がある。

日々の生活も、大手企業の自分として過ごすか、ありのままの自分として過ごすかには、大きな差がある。
前者は、結婚相手を探すときに、会社の名前を利用したり、余暇に名刺を持ち歩いたり、友達に会社名を自慢したり、会社のすごさを自分のすごさと勘違いして傲慢なったりする。
後者は、あくまで自分と言う主体的な"個"を確立していて、会社名を自慢したりすることはない。
あくまで自分と言う名前で、自分自身を捉える。友人には、仕事のおもしろさを語る。
いまやっている仕事の楽しさと将来を語る。未来志向の考えを持っている。


会社=人生ではなく仕事=人生としてポイントは、3つあるように思う。
①スキルを身につけること
②仕事を楽しむこと
③自分の中に"個"を確立する事

③は特に難しいが、③なくして会社からの呪縛は離れることはできないだろう。
毎日会社に行き仕事をするという行為は、社会的影響と日々の習慣から、
もはや現代宗教と呼べるレベルまでに信仰されており、
それに逆らうには自分の中に強い"個"を構築するか、別の宗教に入るのどちらかしか選択肢がないのだから。



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